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熊本×医学生~被災者として~

2016年4月16日に熊本を襲った震度7の地震と1500回を超える震度1以上の余震および前震は、49名の死亡者を出しました。震災当時は約18万人、現在でも7000人の人々が被災生活を続けています。(2016年6月20日現在)

今回の震災では医学生の被災者も多く、精神的にも大きな不安を与えるものでした。自宅が倒壊したり、大学も被害にあったため、1カ月間休校を余儀なくされました。

今回は熊本大学医学部に通うM.Sさんに、災当時の状況や、医学生に伝えたいことを伺いました。


■被災当時の心境について教えて下さい。

 被災当時は、一言でいうと、「混乱」ということでしょうか。恐怖・不安など様々な感情が被災者の中であったと思いますが、様々な感情の混乱、文字通りの単純な混乱、情報の混乱というようなイメージです。多くの人が、東日本大震災や阪神大震災の記憶や情報を持っていたと思います。ただし、それが多くの人の中で我が身に起こっているのか、認識できない状況だったと思います。それが被災直後の率直な心境だと思います。

 
■被災当時の状況を教えて頂けますか。

 前震(十四日夜)の時は自宅のすぐ近くの路上にいて、よくある小さな地震を感じた直後に地面が波打つような横揺れに襲われ、近くの駐車場に移動しようにも立っているのがやっとの状態でした。すぐ横の寺の鐘は大きく揺れ、塀はうねり、電線からは火花が散り、地響きが聞こえました。直後も断続的に揺れが続きましたが、家のことが心配になり六階の部屋に戻りました。部屋に戻ると冷蔵庫は倒れ、部屋の中は足の踏み場もないほどでした。強い余震が続いたため、貴重品だけを持ち、近くの駐車場に避難しました。数時間が経ち、大きな余震がおさまってきて、午前三時頃に部屋に戻りました。報道では一週間以内に二〇%の確率で最大震度6程度の地震がくると言っていたので、自分のところに来るのはせいぜい震度5弱だろうと、高をくくり、その時の私は余震に対する意識が低かったと思います。また同じような惨状にはならないだろうと、部屋の片付けも物を高く積むことは避ける程度で、綺麗にして夜を迎えました。

 本震(十六日未明)の時は、なぜか眠る気がせず起きていました。十六日の午前一時二六分、突然の大きな揺れの直後、電気が全て落ち、その後携帯の緊急地震速報が、けたたましく鳴り響きました。阪神淡路大震災の時にトイレの中にいて、壁に打ち付けられて身体中に痣ができたというエピソードを聞いたことがありましたが、もし狭い部屋の中にいたら、十分に考えられた揺れ幅と短い周期でした。

 最初の揺れが収まり、避難のために暗闇の中、貴重品を探そうにも、数分前には目の前に有った物がなく、数分前に何も無かったはずの所にあるはずもない物がありました。なんとか携帯を探して出してライトをつけると、そこは前震とは比較にならないほど荒れた部屋がありました。逃げ出そうにも玄関までの間には、ガス台から落ちたガスレンジ、倒れて道を塞ぐ冷蔵庫と洗濯機、落下した電子レンジという障害がありすぐには出られそうにもありません。そうしている間にも大きな揺れと緊急地震速報の警報音が・・・。火事場のバカ力なのでしょうか、冷蔵庫などを無理やりどかし、なんとか外に出ると、大きな亀裂により穴があき反対側が見える壁に足が竦み、路上には落下した瓦の破片が散乱し、家から逃げ出した人々が少しでも広いところに集まっている状況でした。

 
■被災地はどのような状況でしたか。

防災マニュアルには、被災時のするべきこと、してはならないことが多数記載されています。理由を考えたらそうなのでしょう。被災時にどうするべきかというシミュレーションを十分にしておけば守れる可能性があるので心の準備をおすすめします。ただ、被災者の一人としては、もし守れていない人がいても、他人に大きく迷惑をかけていなければ震災直後は大目に見てほしいです。例えば、防災マニュアルでは、地震発生時には緊急車両の妨げになるので車での避難は絶対にやめてくださいとあります。確かにそうでしょう。しかし、実際に被災すると、家の中は怖くて入れたものではありません。避難所は人でごった返しすぐに入れるものではありません。雨風防げる服装や装備を持っての避難など簡単にできません。ですから、地震発生時に運良く車の鍵を見つけた人が車で避難しても、震災直後は許してください。震災直後はみなただただ混乱している状況です。
 

■医学生として被災なさったいま、何か考えることや伝えたいことはありますか。

 被災後、特に直後は、近くの人の手助けをして、高齢者など自由に動け無い方のために動けるよういることが必要と感じました。特に避難所では指揮してくださる行政などの方も被災者です。その人の助けにもなれるように。ただし、根底にあることは、自分自身の安全が守れてこそという絶対条件です。周囲の人の力になろうとしても、自分が怪我をしていては問題になりません。また、私たちが今後なる職業は被災直後に職場に行くことが求められます。家族を置いて駆けつける必要があります。家族の安全は自分の安全と同じくらい備えが重要です。そのために、是非これを読んでくださった方には、自分の周りの人とともに、震災への具体的な、現実的な備えについて考えていただきたいと思います。現実的な例として、一つ。多くの方がこの度の報道をみて、水の備蓄をしたと思います。ではその水は今どこにありますか?部屋の中ですか?クローゼットの中ですか?庭の物置小屋の中ですか?車の中ですか?正解はありません、当日どのようなことが起きているか想定できません。もし、部屋の中に置いた方がいた場合は、家が倒壊寸前で飛び出した場合は意味ないです。車の中に置いた方がいた場合は、車の鍵が見つからなかったら意味ないです。どこに置こうとも正解はないのですが、置いたら是非実際にどのように使うかという次の段階まで想定していただきたいです。さらなる想定の段階として、水は正直十分ではないですが数日辛抱したらきます。ではその後どこにいったら可能性高く水にありつけるか議論するのもとても意味があると思います。熊本では水道局とかが穴場ということでした。

(2016年6月20日 医学連新聞第257号より)
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